ブラインド セーラー
ブラインド セーラーって、知ってますか?
視覚障害者の方のヨット乗りのことです。
欧米では、レースも行われるぐらい、視覚障害者の方たちが大勢ヨットを乗り、海を楽しんでいます。
最低3名(健常者2名、視覚障害者1名)でヨット(せーりングクルーザー)に乗ります。
健常者2名で、ハーバーから沖合いまでヨットを出し、
バウ(船首)を風上に立て、
健常者1名がジブセールとシート関係をを担当し、ティラーかラット(舵)を視覚障害者の方に手渡し、その方の後ろに残りの健常者が立ちます。
視覚障害者の方が舵を握った時から、その船のスキッパーは彼になります。
メインセールを上げた瞬間、ヨットはググと傾き滑りだします。
視覚障害者の方の後ろに立った健常者の方は、海面の状況を的確に彼に伝えます。
逆に、海面の状況以外何も云いません、
ジブ担当も、彼に言われること以外は一切しません(よほど危険な状況以外)
タック、ジャイブ、メントリム、ジブトリム、全て彼の判断になります。
素晴らしい走りを見せます。
セーリングが終った後お聞きすると、彼はきっぱりと、
「私には、風が見えます」
そう、風が見える、感じるのでは無く、見える。
私も風が見えます。
でもそれは、長年の経験の結果、視覚で得た情報を肌で感じ、その積み重ねの上で風が見えるようになったのです。
走行中の船上で感じる風は、真の風ではありません。
自走で作り出される風との融合で、自然の風の流れではありません。
同じように、舵を握る手に伝わる潮の流れも自然の潮の流れではありません。
ヨットを操る時、見せ掛けの流に惑わされず、真の流を掴む事が、ベストの走りをする為には重要です。
五感の一つが不自由でも、五感で感じる以上の物を持ってる。
逆に、五感が不自由だからこそ、見せ掛けの物に惑わされ無いのかもしれません。
何処かで目を閉じて見てください、
耳が自然の呟くを聞き、肌が自然を感じ、風が見えるかもしれません。
視覚障害者の方のヨット乗りのことです。
欧米では、レースも行われるぐらい、視覚障害者の方たちが大勢ヨットを乗り、海を楽しんでいます。
最低3名(健常者2名、視覚障害者1名)でヨット(せーりングクルーザー)に乗ります。
健常者2名で、ハーバーから沖合いまでヨットを出し、
バウ(船首)を風上に立て、
健常者1名がジブセールとシート関係をを担当し、ティラーかラット(舵)を視覚障害者の方に手渡し、その方の後ろに残りの健常者が立ちます。
視覚障害者の方が舵を握った時から、その船のスキッパーは彼になります。
メインセールを上げた瞬間、ヨットはググと傾き滑りだします。
視覚障害者の方の後ろに立った健常者の方は、海面の状況を的確に彼に伝えます。
逆に、海面の状況以外何も云いません、
ジブ担当も、彼に言われること以外は一切しません(よほど危険な状況以外)
タック、ジャイブ、メントリム、ジブトリム、全て彼の判断になります。
素晴らしい走りを見せます。
セーリングが終った後お聞きすると、彼はきっぱりと、
「私には、風が見えます」
そう、風が見える、感じるのでは無く、見える。
私も風が見えます。
でもそれは、長年の経験の結果、視覚で得た情報を肌で感じ、その積み重ねの上で風が見えるようになったのです。
走行中の船上で感じる風は、真の風ではありません。
自走で作り出される風との融合で、自然の風の流れではありません。
同じように、舵を握る手に伝わる潮の流れも自然の潮の流れではありません。
ヨットを操る時、見せ掛けの流に惑わされず、真の流を掴む事が、ベストの走りをする為には重要です。
五感の一つが不自由でも、五感で感じる以上の物を持ってる。
逆に、五感が不自由だからこそ、見せ掛けの物に惑わされ無いのかもしれません。
何処かで目を閉じて見てください、
耳が自然の呟くを聞き、肌が自然を感じ、風が見えるかもしれません。





