Let's GW --金ぴら船々、金ツマふらふら-- Vol.9
そう言えば、ゴールデンウィークに旅行に出かけたのなんて何年ぶりだろう。
いつも突発的に出かけていたものだから、連休の人の動きに驚いてしまいました。
何せ観光地とそうでない所の人の数の違い!
7:00〜8:00の時間帯のPAPAS BARとグリルTくらいの違いでした。
今回なぜ始めに祖母の話しを入れたかというのは、それがないと今回の旅を上手く表せないだろうと思ったからです。
人の心は何か動機がないと急にはそんなに変われるものではないと思うのです。
それでも3年前の自分と今の自分が同じかといえば、やっぱり違うのです。
金ツマも今年30歳になりました。
いつも変化や進化を求めて生きてきましたが、そうも言っていられません。
今回の旅は、沢山のものが移り変わって変化して流れて行くものの中でも、あえて残して行くもの、消えて行くもの、そして、ずっと変わらないものもあるのだと言う事を思いました。
伊予三島のお宿の女将さんは、毎年ご自分で梅干しを漬けていて、本来なら5月末〜6月半ば位に収穫する梅の実を7月の始め位まで実らせておいてから収穫し、塩とお酒だけで何年か漬け込むのだそう。
今まで食べた梅干しとは全然違う味がしました。まわりは固そうなのに中は柔らかくて、塩もきつすぎず香りも良くて、そのままでも何個でも食べられそうだった。
毎年、毎年、梅が花を咲かせ、実を実らせ、女将さんが梅干しを漬ける。
金ぴらさんの下のうどん屋のやまちゃん。きっとやまちゃんが産まれる前からあった老舗のうどん。
香川に入る前は稲穂の田んぼだったのに、めっきり小麦の田んぼになった。
うどんという食文化を重用にしている証拠だ。
ずっと、変わらないものがある。
それは自分の中にもあったり、産まれる前からあったり、金ツマみたいにやっと気付いたりする。
迷って迷って迷って、遠回りして、やっと辿り着く道。
でもそれはそうしないと辿り着かなかった道で、けっして近道なんてものはなく、無駄な時間ではなかったと言いたい。
未熟者で、頑固で負けず嫌いだから、迷って迷って迷って、遠回りしないと分からなかった。
女将さんの優しさに触れ、これまでの30年間で出会ったきた人たちの優しさを思い出し、産まれる前からあった家族のありがたさを思いました。
金ツマは幸せものです。
旅も終盤。
何度も「最後まで行くんやろ?」と聞かれましたが、日数の関係で80番で断念した金ツマ。
おへんろ棒との旅ももう少し、あと8個お寺でハンコを貰ったら終わりです。
いつかアサリさんと話した、
「88番まで行ったら、それは変わりますか?」
「分からないね。変わらないかもしれない。変わるかもしれない。でも何か変わるかもと思いながら歩くから、いいんじゃないのかな」
すこしずつ、それは分かってきたような気がします。(おわり)
いつも突発的に出かけていたものだから、連休の人の動きに驚いてしまいました。
何せ観光地とそうでない所の人の数の違い!
7:00〜8:00の時間帯のPAPAS BARとグリルTくらいの違いでした。
今回なぜ始めに祖母の話しを入れたかというのは、それがないと今回の旅を上手く表せないだろうと思ったからです。
人の心は何か動機がないと急にはそんなに変われるものではないと思うのです。
それでも3年前の自分と今の自分が同じかといえば、やっぱり違うのです。
金ツマも今年30歳になりました。
いつも変化や進化を求めて生きてきましたが、そうも言っていられません。
今回の旅は、沢山のものが移り変わって変化して流れて行くものの中でも、あえて残して行くもの、消えて行くもの、そして、ずっと変わらないものもあるのだと言う事を思いました。
伊予三島のお宿の女将さんは、毎年ご自分で梅干しを漬けていて、本来なら5月末〜6月半ば位に収穫する梅の実を7月の始め位まで実らせておいてから収穫し、塩とお酒だけで何年か漬け込むのだそう。
今まで食べた梅干しとは全然違う味がしました。まわりは固そうなのに中は柔らかくて、塩もきつすぎず香りも良くて、そのままでも何個でも食べられそうだった。
毎年、毎年、梅が花を咲かせ、実を実らせ、女将さんが梅干しを漬ける。
金ぴらさんの下のうどん屋のやまちゃん。きっとやまちゃんが産まれる前からあった老舗のうどん。
香川に入る前は稲穂の田んぼだったのに、めっきり小麦の田んぼになった。
うどんという食文化を重用にしている証拠だ。
ずっと、変わらないものがある。
それは自分の中にもあったり、産まれる前からあったり、金ツマみたいにやっと気付いたりする。
迷って迷って迷って、遠回りして、やっと辿り着く道。
でもそれはそうしないと辿り着かなかった道で、けっして近道なんてものはなく、無駄な時間ではなかったと言いたい。
未熟者で、頑固で負けず嫌いだから、迷って迷って迷って、遠回りしないと分からなかった。
女将さんの優しさに触れ、これまでの30年間で出会ったきた人たちの優しさを思い出し、産まれる前からあった家族のありがたさを思いました。
金ツマは幸せものです。
旅も終盤。
何度も「最後まで行くんやろ?」と聞かれましたが、日数の関係で80番で断念した金ツマ。
おへんろ棒との旅ももう少し、あと8個お寺でハンコを貰ったら終わりです。
いつかアサリさんと話した、
「88番まで行ったら、それは変わりますか?」
「分からないね。変わらないかもしれない。変わるかもしれない。でも何か変わるかもと思いながら歩くから、いいんじゃないのかな」
すこしずつ、それは分かってきたような気がします。(おわり)
Let's GW --金ぴら船々、金ツマふらふら-- Vol.8
2008/5/7 (Wed)
AM6:30頃に誰もいないフロントに鍵を置いてホテルを出る。朝早いので丸亀城には入れないだろうと思って、せめて外からでも眺めようと丸亀城の下の公園まで歩く。ジョギング中の人に挨拶しながら、見上げると丸亀城は結構高い山の上だった。

今日はもうGWは終わって平日の朝なんだな。おへんろみちをのほほんと歩いている金ツマの横を、通勤通学の人たちが駅に向かって歩いて行く。
土器川を越えた横のコンビニでおにぎりを買って朝ご飯にする。土器川は朝日に照らされてきらきらと流れていた。78番郷照寺さんはそこから2kmくらいの距離だったので33号線をのんびり歩いた。

右に曲がるおへんろマークに従って進んで行くとお寺があり、さらに右に行くと商店街があった。五円玉で作られた大きなトラの置き物を飾ってあるお店に少し驚きつつ、郷照寺さんに到着。静かできれいなお寺だった。郷照寺さんを出たところでおばちゃん遍路さんとすれ違った。
「あら、あなたどこかで会いましたね」と言われ、どこだったか思い出す。
「たしか善通寺さんの宿坊の洗濯所でお話した方ですよね」
この人、団体お遍路さんじゃなかったんだ。白装束だから沢山いるとみんな一緒に見える。
女性の歩き遍路さんに会わないと思っていたけど、違うんだ。紛れてたんだ。
79番高照院まで約6km。その間には前回帰りの高速バスに乗った坂出の町を通る。
S君がいま坂出で教員をしているというので、久し振りに会えればと思って連絡したが、何せ今日は7日の平日。しかも通るのはAM8:00過ぎ。S君は朝からぎっしり授業があるとのことで、残念ながら再会はできなかった。
通学の学生達が沢山通り過ぎる。S君の教え子達もいるのだろうか。S君、ちゃんと教えられてるのだろうか。でもそうして、旅で出会った友達がちゃんと無事に活きていてくれるのはうれしい。
「がんばれS君!」金ツマはそう呟いて坂出の町を通り過ぎた。

坂出を過ぎてしばらくして、トイレに行きたくなった。近くに公衆トイレもコンビニもない。おへんろマークがトイレのマークならいいのにと思う。
「おへんろさん、ちょっと休んでおいでまい」と書かれた看板を発見。トイレもある。
ガス会社が外で足湯の提供をしてくれてるらしい。でもGWが終わったばかりだからか足湯には蓋が閉められていた。
高照院さんの近くにところてん屋さんがあって、2人ばかり美味しそうに食べているのを見て、暑くて喉が乾いていた金ツマは立ち寄りそうになった。
「ダメダメ!今日は最後に国分の駅の近くの有名なうどん屋さんでうどん食べて閉めるんだから!」と我慢する。
高照院さんの納経所の女性とのんびり談笑して、名残り惜しくお寺を出る。
何せあとひとつハンコを貰ったら、金ツマは横浜に帰る。残り6.6kmは、11:00過ぎには着いてしまう。
途中迷いそうになった11号線の先に、自転車に大荷物を括り付けたヒゲもじゃのお遍路さんに会った。
「大変ですね」と言ったら、ヒゲもじゃさんは「あんたの方が大変じゃろう」と言って笑った。
軒先きの日陰をお借りして絆創膏を換え、「10分休憩」と言ってぼや〜と景色を眺める。「10分休憩」は80番国分寺まで何度も取った。
国分寺さんに着くとヒゲもじゃさんが先にお寺にいた。大きな声で般若心経を唱えていた。
「いつ通り過ぎたんですか?」と聞いたら、「自転車だから」と言って笑っていた。
山門を出て駅までの道を歩くと、「いよいよ帰るんだな」と思った。苦難を共にしてきたおへんろ棒は、もう駄々をこねなくなった。道路の遠くの蜃気楼を眺めながら、おへんろ棒の鈴を鳴らした。
有名なうどん屋さんは、昨日のやまちゃんのうどんに比べてコシが少ない気がしたが、喉ごしが良くて美味しかった。
国分の駅は無人駅。トイレを借りて着替えをする。おへんろ棒も袋に入れてあげる。「りん、りん、」と鈴を鳴らし、袋の口を縛るとちょうど電車の来る時間だった。

坂出まで戻って「マリンライナー」に乗り換えて岡山まで戻る。途中瀬戸大橋を渡る頃には金ツマはウトウトとお昼寝をしていた。
気持ちよかった。本当に夢だったかのように、金ツマは今回の旅を終えた。
AM6:30頃に誰もいないフロントに鍵を置いてホテルを出る。朝早いので丸亀城には入れないだろうと思って、せめて外からでも眺めようと丸亀城の下の公園まで歩く。ジョギング中の人に挨拶しながら、見上げると丸亀城は結構高い山の上だった。

今日はもうGWは終わって平日の朝なんだな。おへんろみちをのほほんと歩いている金ツマの横を、通勤通学の人たちが駅に向かって歩いて行く。
土器川を越えた横のコンビニでおにぎりを買って朝ご飯にする。土器川は朝日に照らされてきらきらと流れていた。78番郷照寺さんはそこから2kmくらいの距離だったので33号線をのんびり歩いた。

右に曲がるおへんろマークに従って進んで行くとお寺があり、さらに右に行くと商店街があった。五円玉で作られた大きなトラの置き物を飾ってあるお店に少し驚きつつ、郷照寺さんに到着。静かできれいなお寺だった。郷照寺さんを出たところでおばちゃん遍路さんとすれ違った。
「あら、あなたどこかで会いましたね」と言われ、どこだったか思い出す。
「たしか善通寺さんの宿坊の洗濯所でお話した方ですよね」
この人、団体お遍路さんじゃなかったんだ。白装束だから沢山いるとみんな一緒に見える。
女性の歩き遍路さんに会わないと思っていたけど、違うんだ。紛れてたんだ。
79番高照院まで約6km。その間には前回帰りの高速バスに乗った坂出の町を通る。
S君がいま坂出で教員をしているというので、久し振りに会えればと思って連絡したが、何せ今日は7日の平日。しかも通るのはAM8:00過ぎ。S君は朝からぎっしり授業があるとのことで、残念ながら再会はできなかった。
通学の学生達が沢山通り過ぎる。S君の教え子達もいるのだろうか。S君、ちゃんと教えられてるのだろうか。でもそうして、旅で出会った友達がちゃんと無事に活きていてくれるのはうれしい。
「がんばれS君!」金ツマはそう呟いて坂出の町を通り過ぎた。

坂出を過ぎてしばらくして、トイレに行きたくなった。近くに公衆トイレもコンビニもない。おへんろマークがトイレのマークならいいのにと思う。
「おへんろさん、ちょっと休んでおいでまい」と書かれた看板を発見。トイレもある。
ガス会社が外で足湯の提供をしてくれてるらしい。でもGWが終わったばかりだからか足湯には蓋が閉められていた。
高照院さんの近くにところてん屋さんがあって、2人ばかり美味しそうに食べているのを見て、暑くて喉が乾いていた金ツマは立ち寄りそうになった。
「ダメダメ!今日は最後に国分の駅の近くの有名なうどん屋さんでうどん食べて閉めるんだから!」と我慢する。
高照院さんの納経所の女性とのんびり談笑して、名残り惜しくお寺を出る。
何せあとひとつハンコを貰ったら、金ツマは横浜に帰る。残り6.6kmは、11:00過ぎには着いてしまう。
途中迷いそうになった11号線の先に、自転車に大荷物を括り付けたヒゲもじゃのお遍路さんに会った。
「大変ですね」と言ったら、ヒゲもじゃさんは「あんたの方が大変じゃろう」と言って笑った。
軒先きの日陰をお借りして絆創膏を換え、「10分休憩」と言ってぼや〜と景色を眺める。「10分休憩」は80番国分寺まで何度も取った。
国分寺さんに着くとヒゲもじゃさんが先にお寺にいた。大きな声で般若心経を唱えていた。
「いつ通り過ぎたんですか?」と聞いたら、「自転車だから」と言って笑っていた。
山門を出て駅までの道を歩くと、「いよいよ帰るんだな」と思った。苦難を共にしてきたおへんろ棒は、もう駄々をこねなくなった。道路の遠くの蜃気楼を眺めながら、おへんろ棒の鈴を鳴らした。
有名なうどん屋さんは、昨日のやまちゃんのうどんに比べてコシが少ない気がしたが、喉ごしが良くて美味しかった。
国分の駅は無人駅。トイレを借りて着替えをする。おへんろ棒も袋に入れてあげる。「りん、りん、」と鈴を鳴らし、袋の口を縛るとちょうど電車の来る時間だった。

坂出まで戻って「マリンライナー」に乗り換えて岡山まで戻る。途中瀬戸大橋を渡る頃には金ツマはウトウトとお昼寝をしていた。
気持ちよかった。本当に夢だったかのように、金ツマは今回の旅を終えた。
Let's GW --金ぴら船々、金ツマふらふら-- Vol.7
本宮まで785段。それだけで昨日の弥谷寺を越えている。でも参道は賑やかで楽しいからそんなに大変さを感じない。べっ甲飴を売っていたおばちゃんがかけらを一つ金ツマの手に乗せてくれた。
驚くほどハイヒールのお姉さんが登っていた。大丈夫かな。奥社までいくのかしら。登りは行けても下りは大変そうだ。

あっちこっちでデジカメで記念撮影の家族連れやカップルばかり。金ツマはどれだけ彼等の背景に写ったことだろう。せっせと登って行くと振り返るのが楽しみになる。高い所から見降ろす香川の町はきっと清々することだろう。

本宮までの階段を掃除している人に挨拶する。「よく掃いておかんとな、葉っぱが滑るきに。安全のためでもあるんよ」と言っていた。でも、でも1368段。切りがないよ?

本宮でお参りする人たちを見て金ツマは「あっ」と思った。みんな柏手を打っている。
あ、そうか、お寺じゃないんだった。ちょっと新鮮だった。
本宮から町が見渡せる展望台があり、「お〜!」と感嘆する。いい天気だし、気持ちがいい。
端の奥の方に小さく「奥社→」の看板を見つける。じゃ、行きますか。お掃除のおじさんに聞くと登るだけで20分かかるらしい。

奥社までの階段は本宮までに比べて随分古くて登りにくいものだったがきついものではなかった。おへんろみちに比べて全然人も多いし、子供も登っている。外人さんの観光客もちらほらいた。
降りて来る人たちの何人かに「ひとりなんですか?」と聞かれた。しかもしつこいようだがMy杖。鈴の音が目立つらしい。
奥社に着いてやはり展望台から下界を見降ろし、景観に満足していると中学生くらいの女の子とお父さんが上を見上げていた。「カラス天狗と猿の顔だよ」「あんであんなとこに?」と言っている。金ツマも見上げてみる。崖のど真ん中に天狗と猿の顔だけが彫られていた。

暑くて息とよだれががすごいゴールデンレトリーバーに別れを告げて、金ツマはうどんを食べに下山しなければならない。来た道を折り返して行く。ずいぶん前に追い抜いたカップルとすれ違った。やはり下りは早い。あっという間に本宮に戻り、べっ甲飴のおばちゃんに挨拶し、参道を下って行くと、
「おねえさ〜ん、ここ、ここ。おかえり。」うどん屋のおばちゃんが手を振っていた。
おばちゃんは「やまちゃん」。このうどん屋さんは昭和天皇も食べたという老舗さんだという。その昔は旅館だったそうだ。味わいのある古い建物だった。
「かけはあったかいの。ぶっかけはつめたいの。どっちがええ?大も小もあるんよ」とやまちゃん。
「大はな〜。お腹いっぱいになるでしょう?」
「讃岐ではうどんはおやつや。わたしらうどん食うたあとでまたごはん食べるよ」
「え〜、じゃあ大にしとこうかな」「はいじゃあ大な」
ぶっかけの大。たしかに量はそんなにでもないように見える。けど、このコシ!噛んでるだけでお腹いっぱい!それでも昨日食べたうどんに比べたら全然美味しい。やまちゃんありがとう!大変美味しく頂きました。
やまちゃんに見送られながらおへんろみちに戻るためにまた土讃線沿いを戻る金ツマ。今朝の薬屋さんで今度こそ絆創膏を買って行く。
途中のコンビニの日陰で絆創膏を取り替える。またずれて血が出ていた。痛いはずだ。
気温が上がって暑くなってきた。日射しに耐えながら善通寺市街まで戻る。そこから76番金倉寺まではさほど距離はない。金倉寺の休憩所で少し休ませてもらってからまた歩き出す。77番道隆寺さんまでの道で絆創膏を取り替えていたら、自動車のお姉さんが「あっちに水道があるき、使ってください」と呼び掛けてくれた。
道隆寺さんにごく近くなったあたりでおへんろマークに従って曲がって行ったらおじさんが走ってきた。
「遠なってる!遠なってる!遠なってるよ!」
「え、でもおへんろマークが」
「じゃあマークがちがってるんや」とおじさんは細かく道を教えてくれ、「アンプル持ってき。疲れに効くで」と栄養ドリンクをくれた。
無事道隆寺さんに辿り着き、今日の宿泊地である丸亀に向かう。
明日は最終日。今晩は友人お勧めの「骨付き鶏」で一杯やると決めている。
驚くほどハイヒールのお姉さんが登っていた。大丈夫かな。奥社までいくのかしら。登りは行けても下りは大変そうだ。

あっちこっちでデジカメで記念撮影の家族連れやカップルばかり。金ツマはどれだけ彼等の背景に写ったことだろう。せっせと登って行くと振り返るのが楽しみになる。高い所から見降ろす香川の町はきっと清々することだろう。

本宮までの階段を掃除している人に挨拶する。「よく掃いておかんとな、葉っぱが滑るきに。安全のためでもあるんよ」と言っていた。でも、でも1368段。切りがないよ?

本宮でお参りする人たちを見て金ツマは「あっ」と思った。みんな柏手を打っている。
あ、そうか、お寺じゃないんだった。ちょっと新鮮だった。
本宮から町が見渡せる展望台があり、「お〜!」と感嘆する。いい天気だし、気持ちがいい。
端の奥の方に小さく「奥社→」の看板を見つける。じゃ、行きますか。お掃除のおじさんに聞くと登るだけで20分かかるらしい。

奥社までの階段は本宮までに比べて随分古くて登りにくいものだったがきついものではなかった。おへんろみちに比べて全然人も多いし、子供も登っている。外人さんの観光客もちらほらいた。
降りて来る人たちの何人かに「ひとりなんですか?」と聞かれた。しかもしつこいようだがMy杖。鈴の音が目立つらしい。
奥社に着いてやはり展望台から下界を見降ろし、景観に満足していると中学生くらいの女の子とお父さんが上を見上げていた。「カラス天狗と猿の顔だよ」「あんであんなとこに?」と言っている。金ツマも見上げてみる。崖のど真ん中に天狗と猿の顔だけが彫られていた。

暑くて息とよだれががすごいゴールデンレトリーバーに別れを告げて、金ツマはうどんを食べに下山しなければならない。来た道を折り返して行く。ずいぶん前に追い抜いたカップルとすれ違った。やはり下りは早い。あっという間に本宮に戻り、べっ甲飴のおばちゃんに挨拶し、参道を下って行くと、
「おねえさ〜ん、ここ、ここ。おかえり。」うどん屋のおばちゃんが手を振っていた。
おばちゃんは「やまちゃん」。このうどん屋さんは昭和天皇も食べたという老舗さんだという。その昔は旅館だったそうだ。味わいのある古い建物だった。
「かけはあったかいの。ぶっかけはつめたいの。どっちがええ?大も小もあるんよ」とやまちゃん。
「大はな〜。お腹いっぱいになるでしょう?」
「讃岐ではうどんはおやつや。わたしらうどん食うたあとでまたごはん食べるよ」
「え〜、じゃあ大にしとこうかな」「はいじゃあ大な」
ぶっかけの大。たしかに量はそんなにでもないように見える。けど、このコシ!噛んでるだけでお腹いっぱい!それでも昨日食べたうどんに比べたら全然美味しい。やまちゃんありがとう!大変美味しく頂きました。
やまちゃんに見送られながらおへんろみちに戻るためにまた土讃線沿いを戻る金ツマ。今朝の薬屋さんで今度こそ絆創膏を買って行く。
途中のコンビニの日陰で絆創膏を取り替える。またずれて血が出ていた。痛いはずだ。
気温が上がって暑くなってきた。日射しに耐えながら善通寺市街まで戻る。そこから76番金倉寺まではさほど距離はない。金倉寺の休憩所で少し休ませてもらってからまた歩き出す。77番道隆寺さんまでの道で絆創膏を取り替えていたら、自動車のお姉さんが「あっちに水道があるき、使ってください」と呼び掛けてくれた。
道隆寺さんにごく近くなったあたりでおへんろマークに従って曲がって行ったらおじさんが走ってきた。
「遠なってる!遠なってる!遠なってるよ!」
「え、でもおへんろマークが」
「じゃあマークがちがってるんや」とおじさんは細かく道を教えてくれ、「アンプル持ってき。疲れに効くで」と栄養ドリンクをくれた。
無事道隆寺さんに辿り着き、今日の宿泊地である丸亀に向かう。
明日は最終日。今晩は友人お勧めの「骨付き鶏」で一杯やると決めている。
Let's GW --金ぴら船々、金ツマふらふら-- Vol.6
2008/5/6 (Tue)
善通寺さんの朝のお勤めはAM5:30から。善通寺さんは空海さんが産まれたお寺との事で、大師堂の事を「御影堂」という。お勤めはそこで行われた。
20分くらいお説法を聞いた後で延々40分のお坊さんたちによる読経大合唱。金ツマの足は完全に痺れ切って麻痺していた。読経大合唱の途中で「もうギブアップ!」と足を崩す。
お勤めを泣く泣く乗り切って、流れのままに回壇周りをし、食堂に向かう途中で昨日の美人さんにあった。お勤めも出てたようだ。足を傷めているので後ろの椅子に座っていたのだろう。
「二週間前からずっと足を傷めてて、全然良くならなくて…」
「でも、あんまり無理しない方がいいよ。足の怪我は長引くから」
「12日で結願する予定だから、最後までは行こうと思ってるの」
あ、本当に歩いてるんだ。ずっとカメラを回されて?…仕事なのかな。
足まで傷めて、でも仕事じゃなかったら、こんなにキレイなコがお遍路なんてこないよな。
金ツマだったら仕事だったらこないだろうな。やらされてると思うと辛さ倍増だろうし。
食事を終えて部屋に戻り、リュックを背負って部屋を出ると、エレベーター前でカメラマンさんと話している美人さんにまた会った。
金ツマがいつも言われているように「無理しないようにね」と彼女に言っていた。でも彼女の意思も堅いようだった。ほら、頑固なのは金ツマだけじゃないじゃん。
昨日道でもらった飴を分けてあげた。今日は金ツマは金刀比羅神宮に観光に行くのでもう会えないかも知れない。お互いに励まし合って別れた。
7:00に宿坊を出発。おへんろ棒も朝日を浴びて嬉しそうに鈴を鳴らす。本堂の横の門を通り過ぎるとおじさんに呼び掛けられた
「ここの松の葉は5本あるき、沢山ひろうたから持って行きや。縁起もんやで。高野山の松やって3本や。遠慮せんで、もっと持って行き。まだあるき」
おじさんは何本も金ツマの手に松の葉を乗せた。「そんなにいいです〜」と言っても「まだあるき」と言って沢山持たせようとした。

おじさんと別れて自衛隊の基地の横の道を歩く。通り過ぎる自衛官さんに挨拶すると「お早うございます!」と力強く返してくれた。
今朝は肌寒いくらいに涼しい。でもとても好い天気なのできっと暑くなるだろう。
金ぴらさんに続く土讃線の線路の脇を悠々歩く。ウキウキしていた。金ぴらさんは今回の旅の一番遠い寄り道だ。丸亀出身の友人がお勧めしてくれたのでとても楽しみだった。
ここはおへんろみちではないので金ツマを見ても地元の人は普通に通り過ぎる。コレはいつも不思議だった。前も道に迷っておへんろみちから随分離れてしまった時もそうだった。挨拶するとみんな戸惑ってきょろきょろする。

観光センターの横を通り過ぎるといよいよ金ぴらさんに近付いて来たようだ。一気に観光地の商店街に入る。
薬屋さんで絆創膏の買い足しをしたかったのだけど、ちょうど大きな旅館の番頭さんや女将さんが宿泊客の見送りに出て来ていたようで、おへんろ棒の金ツマを見て「さすがや、歩きに慣れとる」「しっかりした歩きやな。歩きのプロや」なんて言うものだから、肉刺が痛くて薬屋さんに寄るなんて事ができずに渋々通り過ぎた。

金ぴらさんの参道は朝から賑わっていた。家族連れやカップルがほとんどで、各お店で杖を貸してくれるシステムらしい。一人で、おへんろ棒というMy杖を持ってガツガツ登って行く金ツマは、金ぴらさんでは奇妙だった。
参道には沢山のお土産屋さんとうどん屋さんが軒を連ねていた。
金ツマは「せっかく香川なのだからうどんを食べよう」を今日も実行しようとしていたので、帰りに寄るうどん屋さんをもう探していた。
「お姉さん、うちで荷物預かろうか。それ持ってったらえらくなるよ」と呼ばれた。
振り返ると老舗っぽいうどん屋さんの中から元気そうな小さいおばちゃんが金ツマを呼んでいた。
確かにすごい階段。しかもここに来てから知ったのだが、本宮まで785段あり、さらに奥社まで583段、計1368段登らなくちゃいけないらしい。
丁度良いので、お礼に帰りにうどんを食べると約束してリュックを預かってもらった。
さあ、いざ金ぴらさん。
「金ぴら船々 買い手に追われて しゅらしゅしゅしゅ〜♪」金ツマは陽気に登り始めた。
(続く→)
善通寺さんの朝のお勤めはAM5:30から。善通寺さんは空海さんが産まれたお寺との事で、大師堂の事を「御影堂」という。お勤めはそこで行われた。
20分くらいお説法を聞いた後で延々40分のお坊さんたちによる読経大合唱。金ツマの足は完全に痺れ切って麻痺していた。読経大合唱の途中で「もうギブアップ!」と足を崩す。
お勤めを泣く泣く乗り切って、流れのままに回壇周りをし、食堂に向かう途中で昨日の美人さんにあった。お勤めも出てたようだ。足を傷めているので後ろの椅子に座っていたのだろう。
「二週間前からずっと足を傷めてて、全然良くならなくて…」
「でも、あんまり無理しない方がいいよ。足の怪我は長引くから」
「12日で結願する予定だから、最後までは行こうと思ってるの」
あ、本当に歩いてるんだ。ずっとカメラを回されて?…仕事なのかな。
足まで傷めて、でも仕事じゃなかったら、こんなにキレイなコがお遍路なんてこないよな。
金ツマだったら仕事だったらこないだろうな。やらされてると思うと辛さ倍増だろうし。
食事を終えて部屋に戻り、リュックを背負って部屋を出ると、エレベーター前でカメラマンさんと話している美人さんにまた会った。
金ツマがいつも言われているように「無理しないようにね」と彼女に言っていた。でも彼女の意思も堅いようだった。ほら、頑固なのは金ツマだけじゃないじゃん。
昨日道でもらった飴を分けてあげた。今日は金ツマは金刀比羅神宮に観光に行くのでもう会えないかも知れない。お互いに励まし合って別れた。
7:00に宿坊を出発。おへんろ棒も朝日を浴びて嬉しそうに鈴を鳴らす。本堂の横の門を通り過ぎるとおじさんに呼び掛けられた
「ここの松の葉は5本あるき、沢山ひろうたから持って行きや。縁起もんやで。高野山の松やって3本や。遠慮せんで、もっと持って行き。まだあるき」
おじさんは何本も金ツマの手に松の葉を乗せた。「そんなにいいです〜」と言っても「まだあるき」と言って沢山持たせようとした。

おじさんと別れて自衛隊の基地の横の道を歩く。通り過ぎる自衛官さんに挨拶すると「お早うございます!」と力強く返してくれた。
今朝は肌寒いくらいに涼しい。でもとても好い天気なのできっと暑くなるだろう。
金ぴらさんに続く土讃線の線路の脇を悠々歩く。ウキウキしていた。金ぴらさんは今回の旅の一番遠い寄り道だ。丸亀出身の友人がお勧めしてくれたのでとても楽しみだった。
ここはおへんろみちではないので金ツマを見ても地元の人は普通に通り過ぎる。コレはいつも不思議だった。前も道に迷っておへんろみちから随分離れてしまった時もそうだった。挨拶するとみんな戸惑ってきょろきょろする。

観光センターの横を通り過ぎるといよいよ金ぴらさんに近付いて来たようだ。一気に観光地の商店街に入る。
薬屋さんで絆創膏の買い足しをしたかったのだけど、ちょうど大きな旅館の番頭さんや女将さんが宿泊客の見送りに出て来ていたようで、おへんろ棒の金ツマを見て「さすがや、歩きに慣れとる」「しっかりした歩きやな。歩きのプロや」なんて言うものだから、肉刺が痛くて薬屋さんに寄るなんて事ができずに渋々通り過ぎた。

金ぴらさんの参道は朝から賑わっていた。家族連れやカップルがほとんどで、各お店で杖を貸してくれるシステムらしい。一人で、おへんろ棒というMy杖を持ってガツガツ登って行く金ツマは、金ぴらさんでは奇妙だった。
参道には沢山のお土産屋さんとうどん屋さんが軒を連ねていた。
金ツマは「せっかく香川なのだからうどんを食べよう」を今日も実行しようとしていたので、帰りに寄るうどん屋さんをもう探していた。
「お姉さん、うちで荷物預かろうか。それ持ってったらえらくなるよ」と呼ばれた。
振り返ると老舗っぽいうどん屋さんの中から元気そうな小さいおばちゃんが金ツマを呼んでいた。
確かにすごい階段。しかもここに来てから知ったのだが、本宮まで785段あり、さらに奥社まで583段、計1368段登らなくちゃいけないらしい。
丁度良いので、お礼に帰りにうどんを食べると約束してリュックを預かってもらった。
さあ、いざ金ぴらさん。
「金ぴら船々 買い手に追われて しゅらしゅしゅしゅ〜♪」金ツマは陽気に登り始めた。
(続く→)
Let's GW --金ぴら船々、金ツマふらふら-- Vol.5
2008/5/5 (Mon)
朝から小雨が降っていた。今日は山道はないから少し余裕を持って宿を出る。昨晩の宿にはご家族連れがいた。GWの家族旅行で霊場巡りか。自動車みたいだから観光だな。

そう言えば女性のお遍路さんをついぞみかけない。
小雨の降る中を折畳傘を片手に歩く金ツマ。子供の日だというのに昨晩からの雨でこいのぼりを降ろしてしまったんだな。伊予土居に着いた日はあちこちでこいのぼりと日の丸を見たのに。
あちこちに池がある。金ツマは池というものをこんなに見たのは四国に来てからのような気がする。横浜に池ってどのくらいあるんだろう。
AM7:30を回った頃には雨はすっかり止んでいた。観音寺に程近くなったあたりで、玄関先の掃除をしていた奥さんに呼び止められ、両手いっぱいに飴を頂いた。

橋を渡って琴弾八幡宮の方を道の駅まで歩いたところで、ウォーキングのおじさんに「こっちじゃその角から山を越えなくちゃいけないから大変だよ」と言われ、「ちょうど観音寺の正門に出る方に行く途中だから付いてきなさい」と言われた。この人は讃岐弁じゃなかった。
「お姉さん関東の人?関西弁が出ないから、あれ?って思った」
「あ、神奈川県です。そうですね〜、お店とかで普通に四国弁(?)だから、「あっ!」て思います」
「名古屋を境に言葉が変わるね」
おじさんに連れて来てもらった68番神恵院さんと69番観音寺さんの正門から中に入る。
「68番神恵院と69番観音寺に行ったらびっくりしますよ」と某和菓子屋さんが言っていたが、その時に某和菓子屋さんがすっかり教えてくれちゃってたので、お寺が同じ敷地内にあってもさして驚かなかった。
70番本山寺さんへの道はどこかで歩いた事のあるような道だった。晴れていれば気持ちがよかっただろうと思う川沿いの道。でも、ここらで足の裏の肉刺の後が限界になって来た。道のまん中でおへんろ棒とリュックと足を投げ出して絆創膏を取り替える。肉刺の後が裂けて出血していた。消毒液が沁みて泣きそうになった。
気分が萎えたので、そのままリュックを枕に仰向けに転がる。
「30歳越えてなにやってんだ」と思ったが、何だか気持ちが良かった。

昨日の強行軍で疲れていたのか、それとも今日はPAPASのBBQの日だからか、何だかあんまり進んでいないような気がした。道端で横になってしまえるほどにあんまりにも誰もいなくて、ちょっと寂しい気持ちになった。

「あっそうだ!せっかく香川だし、お昼はうどんを食べよう」金ツマは道の途中でうどん屋があったら入ろうと思ってひょこひょこ歩き始めた。でも残念な事にGW。開いているお店は少ない。そうこうしているうちに70番本山寺さんに着いてしまい、またうどん屋を求めて歩く事になった。地元の人に聞いた美味しいお店はおへんろ道から随分離れてしまう。結局国道脇のうどん屋さんに入って休憩する事にした。
お腹が満たされて睡魔に襲われながらおへんろマークに誘導されて歩く金ツマ。今日はやっぱり気合いが入らない。そう言えば出かける前に今日の行程を聞いて、「善通寺までは無理だよ」と言っていたPapa。昨日の山道もそう。何が「無理」かは言ってくれない。分かってるよ、今日もこの先に何かあるんだ。「無理」だという事が。
しばらく行くと「弥谷寺なんちゃら」の道標があった。「いやいや、こんなに近いはずはない」疑う金ツマ。
案の定だった。71番弥谷寺はそこからが遠かった。しかも本堂まで百八段の階段!
「ほら出た!やっぱりあった!Papaめ〜、またいじわるしたな」と思った。どうせ「自己責任」で済ませるんだろうけど。
今日始めて汗をかきかき登った。昨日の比じゃなかったのでそんなに辛くもなかったけど、降りて行く時にすれ違ったおばちゃんは「きつすぎるわ!」と言って爆笑していた。
72番曼陀羅寺、73番出釈迦寺を終えて、74番甲山寺に着いた。そこでとても綺麗な女性遍路さんに出会った。両手に杖を持ち、どうやら足を傷めているようだった。男の人と歩いていたので、とても綺麗なコだから付きまとわれているんじゃないかと心配になった。
それは取り越し苦労だった。75番善通寺さんの宿坊で一緒になった。彼女は食事の時にカメラを回されていた。モデルさんかグラビアアイドルか?一緒にいたのはカメラマンのようだった。
綺麗なわけだ。納得。でも、本当に歩いているのかな?
朝から小雨が降っていた。今日は山道はないから少し余裕を持って宿を出る。昨晩の宿にはご家族連れがいた。GWの家族旅行で霊場巡りか。自動車みたいだから観光だな。

そう言えば女性のお遍路さんをついぞみかけない。
小雨の降る中を折畳傘を片手に歩く金ツマ。子供の日だというのに昨晩からの雨でこいのぼりを降ろしてしまったんだな。伊予土居に着いた日はあちこちでこいのぼりと日の丸を見たのに。
あちこちに池がある。金ツマは池というものをこんなに見たのは四国に来てからのような気がする。横浜に池ってどのくらいあるんだろう。
AM7:30を回った頃には雨はすっかり止んでいた。観音寺に程近くなったあたりで、玄関先の掃除をしていた奥さんに呼び止められ、両手いっぱいに飴を頂いた。

橋を渡って琴弾八幡宮の方を道の駅まで歩いたところで、ウォーキングのおじさんに「こっちじゃその角から山を越えなくちゃいけないから大変だよ」と言われ、「ちょうど観音寺の正門に出る方に行く途中だから付いてきなさい」と言われた。この人は讃岐弁じゃなかった。
「お姉さん関東の人?関西弁が出ないから、あれ?って思った」
「あ、神奈川県です。そうですね〜、お店とかで普通に四国弁(?)だから、「あっ!」て思います」
「名古屋を境に言葉が変わるね」
おじさんに連れて来てもらった68番神恵院さんと69番観音寺さんの正門から中に入る。
「68番神恵院と69番観音寺に行ったらびっくりしますよ」と某和菓子屋さんが言っていたが、その時に某和菓子屋さんがすっかり教えてくれちゃってたので、お寺が同じ敷地内にあってもさして驚かなかった。
70番本山寺さんへの道はどこかで歩いた事のあるような道だった。晴れていれば気持ちがよかっただろうと思う川沿いの道。でも、ここらで足の裏の肉刺の後が限界になって来た。道のまん中でおへんろ棒とリュックと足を投げ出して絆創膏を取り替える。肉刺の後が裂けて出血していた。消毒液が沁みて泣きそうになった。
気分が萎えたので、そのままリュックを枕に仰向けに転がる。
「30歳越えてなにやってんだ」と思ったが、何だか気持ちが良かった。

昨日の強行軍で疲れていたのか、それとも今日はPAPASのBBQの日だからか、何だかあんまり進んでいないような気がした。道端で横になってしまえるほどにあんまりにも誰もいなくて、ちょっと寂しい気持ちになった。

「あっそうだ!せっかく香川だし、お昼はうどんを食べよう」金ツマは道の途中でうどん屋があったら入ろうと思ってひょこひょこ歩き始めた。でも残念な事にGW。開いているお店は少ない。そうこうしているうちに70番本山寺さんに着いてしまい、またうどん屋を求めて歩く事になった。地元の人に聞いた美味しいお店はおへんろ道から随分離れてしまう。結局国道脇のうどん屋さんに入って休憩する事にした。
お腹が満たされて睡魔に襲われながらおへんろマークに誘導されて歩く金ツマ。今日はやっぱり気合いが入らない。そう言えば出かける前に今日の行程を聞いて、「善通寺までは無理だよ」と言っていたPapa。昨日の山道もそう。何が「無理」かは言ってくれない。分かってるよ、今日もこの先に何かあるんだ。「無理」だという事が。
しばらく行くと「弥谷寺なんちゃら」の道標があった。「いやいや、こんなに近いはずはない」疑う金ツマ。
案の定だった。71番弥谷寺はそこからが遠かった。しかも本堂まで百八段の階段!
「ほら出た!やっぱりあった!Papaめ〜、またいじわるしたな」と思った。どうせ「自己責任」で済ませるんだろうけど。
今日始めて汗をかきかき登った。昨日の比じゃなかったのでそんなに辛くもなかったけど、降りて行く時にすれ違ったおばちゃんは「きつすぎるわ!」と言って爆笑していた。
72番曼陀羅寺、73番出釈迦寺を終えて、74番甲山寺に着いた。そこでとても綺麗な女性遍路さんに出会った。両手に杖を持ち、どうやら足を傷めているようだった。男の人と歩いていたので、とても綺麗なコだから付きまとわれているんじゃないかと心配になった。
それは取り越し苦労だった。75番善通寺さんの宿坊で一緒になった。彼女は食事の時にカメラを回されていた。モデルさんかグラビアアイドルか?一緒にいたのはカメラマンのようだった。
綺麗なわけだ。納得。でも、本当に歩いているのかな?


